牧陽一の日記です。

埼玉大学 人文社会科学研究科 牧陽一の授業内容です。表紙は沢野ひとしさんの中国語スタンプです。

19 年水曜02週目 脱近代への誘惑

2限 概説 言語 「国語」から旅立って

3限 演習 川端君の発表 騒乱事件 2010年前後の中国社会問題 土地問題、公害問題、 日本の1970年前後「呪殺」について

4限 研究法 擬態する国「日本」中華文明、帝国主義植民地主義、被植民地 ナショナリズムは必要か?

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板書20191009

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テキスト20191009

 

昨日のトークセッション「アヴァンタイトルー写真家・羽永光利が希求した表現」

確かに昨日のトークセッションは濃厚な内容だった。羽永光利という写真家は社会の弱者の側に立ち、その視点から1970年前後の社会状況を描いている。前衛芸術ばかりではない。今後の作品群公開が楽しみだ。

牧武志叔父の「紅い花」の活動も知ることがでた。またあいちトリエンナーレ、表現の不自由展・その後 のその後についても今後が注目される。

今日の授業は美学校つながりで赤瀬川原平 純粋階段、宇宙の缶詰、老人力の話などした。中国語は18課、文化論は毛沢東様式、星星画会。毛沢東金日成のポスターの比較が受けた。

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アヴァンタイトル

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美学校

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アヴァンタイトル1

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アヴァンタイトル2

 

19年度後期水曜初回 日本軍の性暴力 香港デモのこと

2限 概説 第一章歴史 清国末期から民国、中華人民共和国 大躍進、文革天安門事件、香港問題へ 

3限 演習 自国の失敗を隠蔽する日本と中国 日本軍の性暴力 映画「主戦場」「太陽がほしい」あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」問題

国語から自由になるために「国語から旅立って」

4限 研究法 一部テキストを配布して、担当を決めました。

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主戦場 太陽がほしい

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壁を橋に 

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国語から旅立って リボーンアートフェスティバル 

 

19年度後期月曜初回 日中現代アートのアイディア

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岳敏君 無人の風景 2004

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劉春華「毛主席安源へ行く」1967

1限 中国語 17課をやりました。時刻曜日などの言い方。

2限 中国近現代文化論2 日中現代アートのアイディア

トークセッション
「アヴァンタイトルー写真家・羽永光利が希求した表現」
出演:アライ=ヒロユキ、羽永太朗、牧武志、牧陽一
司会:半田晴子
日程:10月6日(日)15:00〜17:00
会場:美学校

大浦信行「遠近を抱えて」とあいちトリエンナーレ 

あいちトリエンナーレ、表現の不自由展、その後再開のための集会、9月17日文京区民センターへいってきた。展示中止になった原因となった作品「遠近を抱えて」の作者、大浦信行さんもご来場だった。再開を求める仮処分申請を行ったということ。さらにアライ=ヒロユキさんの作品解説もあった。

この後文化庁補助金打ち切りという暴挙に出た。政権の弾圧によって、日本の現代アートは今まさに殺されようとしている、危機に瀕している。

ここでは「遠近を抱えて」についてメモを残しておきたい。

kk392.hatenablog.com

最も参考になるのは上記の加治屋健司氏の論考である。

大浦氏は昭和天皇をコラージュしたこのシリーズが「自画像」であるという。天皇はシルクハットにモーニング、ステッキと服装が西欧化していき、欧米列強を過度に模倣し、植民地主義を擬態する。日本は戦前では自己植民地化からアジア侵略植民地化へと向かう。さらに戦後天皇家は幸せな家族の象徴となる。ディズニーランドでパレードを見て笑う天皇がコラージュされている。天皇という中心が主体性を失い、鵺的に変容していく。それは作家自身、さらに日本という場所が、欧米を過剰に模倣し、擬態し、植民地主義に陥っていく姿だと思われる。それは戦後に至っても変わらずアメリカの被植民地化を擬態する。

こうした見方から作品を解釈すれば、天皇批判などではなく、極めて自己観察的であり、自己内部の客観的な描写であることがわかる。

またPart2は(天皇の肖像を燃やすのではなく)自身の作品を燃やす映像であるが、これは自画像焼却による自己否定的にも見られるし、作品が載っている「富山の美術86」の470冊の図録が93年に焼却処分さてたことを再現してもいるのである。

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遠近を抱えて

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牧陽一 大浦信行さん 20190917

 

班忠義監督『太陽がほしい』 観るべき映画

6月9日、東大駒場でベルリンに亡命している作家 廖亦武の講演があった。

その時に、かねてから会いたいと思っていた 授業でもよく使っている映画『亡命』(2012)の翰光=班忠義監督に会うことができた。

9月5日にアップリンク渋谷で『太陽がほしい』を見た。日本軍に性暴力を受けた女性たちを20年、臨終までずっと追いかけた作品だ。あいちトリエンナーレの「少女像」が展示中止になる事件が起きて、日本軍の性暴力、そしてそれを表現する自由が問題になる昨今、ミキ・デザキ監督『主戦場』とともに観るべき映画だと思う。そして日本軍のやったことを知り、これからの平和のために生かすべきだ。歴史をしっかり受け取って、韓国や中国の方々の苦しみを知って、今後、日本人は私たちはどういう付き合い方をするべきか考える。無かったことにして思考停止してはいけない。誰でも失敗した過去を思い出したくはないだろう。だが知らないふりをしてはいけない。失敗は失敗だ。二度と戦争を起こさないように、未来に生かすことこそ、死んでいったあの方々も望んだことだと思う。それにしても、臨終の床にまで追っていくカメラは凄かった。池谷薫監督の『蟻の兵隊』で病床の宮崎参謀が唸るシーンを思い出した。だが一人の女性の苦しく悲しい生涯を追っていく面で、いっそ訴える内容は強いと思った。国を超えて性を超えて多くの人々に観てほしい作品だった。

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太陽がほしい

 

温又柔さんに会いに行く(9月5日)

9月5日は午前中 渋谷で映画を見てから、午後に東京堂書店トークの予約をとってから、お茶の水昌平橋近くの銭湯で休む。

それから7:00のトークを聴いた。『「国語」から旅立って』は温さんの子どものころから、少女時代、学生時代までの日々にある、言葉とアイデンティティの葛藤を描いている。何度も目頭が熱くなった。(というかもう年なので何度も泣いていた。)普遍的な課題を描いている。ご本人に会えてうれしかった。

本屋さんもいっぱい来ていたが、内山深さんにもあった。魯迅の時代から培ってきた友情をどのように現在に反映させるのか?この政治状況ではとても難しい。原点に帰ると言う方法もあると思う。

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「国語」から旅立って 本屋がアジアをつなぐ

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温又柔さん

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温又柔さん+牧陽一